その件に関しましては ART WAD'S 個展作品 2008.1

渋谷『ART WAD'S』にて開催した第13回イラスト作品展『その件に関しましては』の個展作品をご紹介します。

※開催期間:2008年1月8日〜2008年1月20日

僕は珈琲を待っている

「珈琲は、ひとに入れてもらうのが美味しいんだよ。」
前に観た、
映画の台詞を思い出す。

僕は今朝も、
自分のために珈琲を入れる。
まあ。
それなりに美味しい。

カーテンを開けると、
空。
憎たらしいくらいに青かった。
君が引っ越しをする前のことを、
ふっと思い出す。

冬の背伸び

内側がもこもこのコートを着て、
ざっくりと編んだマフラーをぐるぐると巻いて、
手袋、
ブーツ。

冬の空の下で、
背伸びをする。
すーっと冷たい空気を吸って、
お腹の辺りにとどめる。
空気は私の体の中で、
少しずつ温まってゆく。

今年はまだ、
雪が降らない。
お砂糖たっぷりのココアは、
すっかり冷えてしまったけれど。

難解建てのビルヂング

24階まで行くには、
このエレベーターに乗ってはいけない。

週に1度はこのビルへやってくる。
どうにも気が乗らないが、
ここにはお得意さんがいる。

大きな建物の中をうろうろする。
何度来ても自信が持てない。
僕は目印を探す。

あ。
あれだ。
センスの悪い、
象の置物。
あそこを曲がると、
A社がある。

水玉模様の恋模様

さっきまでは晴れていたのに。
僕の帰る頃には、
雨になっていた。
にわか雨ではなさそうなので、
傘を借りた。
君の家には、
傘がたくさんある。
入りきらないくらいに押し込まれて、
傘立てぎゅうぎゅうだ。
僕は思い出し笑いをする。

行き交う人々が、
僕のことをちらりと見ている。
きっと、
思い出し笑いのせいではない。

君の貸してくれた傘は、
水玉模様だった。

メトロノーム式時限爆弾

こっこっこっこっ。
運転の最中に、
メトロノームを鳴らすのはやめてください。
何度か注意してみたが、
お客さんはいっこうにそれを止めない。
単調なリズムを刻むそれは、
僕を眠りに誘う。

いけないいけない。
それはいけない。
注意深く。
よし。
もっと緊張感を持って運転するのだ。

例えば僕は、
メトロノーム式時限爆弾を積んで、
それを彼の家で降ろす。

あはは。
少し冗談が過ぎるかな。

素足のひと

あの人は窓際で煙草を吸っている。
窓を少しだけ開けて、
その隙間から煙を吐き出している。

窓の隙間から流れてくる冷たい風に、
少し不機嫌そうな私を見つけて、
あの人は申し訳なさそうに
「ごめんごめん。」
って言う。

あの人は冬の寒い日も、
靴下を履かない。

スプーン一杯の関係

おっきなスプーンに、
生たまごがかぽっと入る。
私はそれを、
あなたのスプーンへ移す。
生たまごは、
あなたのスプーンから、
更にボールへ移されて、
牛乳と混ぜられてからフライパンで焼かれ、
お皿に転がりケチャップをかぶって、
私たちの口の中へ潜り込む。

何かのためにやっている訳ではないけれど、
もう長いこと続いている。
あなたとなら、
うまくやっていけそうな気がする。

金曜日。風邪薬を飲む。

週末の商店街が好きだ。
街を歩く人が少しだけ、
ゆとりのある顔になる。
こんなに遅くまで開いているのか。
薬局の前で立ち止まり、
中へ入る。
病院とか薬とか、
僕は苦手なものだから、
どの棚にどんなものがあるのか、
見当もつかない。
仕方がないのでレジまで行き、
お店の人に訪ねる。
「風邪薬は何処ですか?」
それはレジの奥にあった。

「早いうちに、風邪薬飲みなよ。」
君にそう言われたのは、
月曜日のことだった。

真夜中の男の子

家の中をばたばたと走りまわると、
母親に決まって叱られた。

アメリカの映画に出てくるような、
大きなアイスクリームや、
画面の大きなテレビに憧れた。

両親が旅行へ出掛けた日。
僕は悪さもせずに、
テレビを眺めていた。
画面はそれ程大きくなかった。

普段よりも、
少しだけ遅くまで起きていた。

その件に関しましては

じりりりりりりり。
今朝からずっと、
電話が鳴り止まない。
もちろん、
僕が何かやらかした訳ではない。
僕は何をするにも慎重なのだから。

とは言え、
たまには失敗もあるだろう。
そうだ。
失敗したんだ。
きっと何処かで。
そう。
誰かが。

じりりりりりりり。
「はい。その件に関しましては…。」

ほら。
また間違い電話だ。